中華民国は1912年に開国し、民主の理念の下に皇帝が所有していた文物を全国民が享受できるものとしました。まず民国元年に国子監に歴史博物館を設立し、1914年には遼寧省の盛京、熱河省の行宮文物を集め、古物陳列所を成立しました。1924年、清の皇帝及び皇族が紫禁城から退去した後、宮中の収蔵品を点検、接収し、翌年の建国記念日には故宮博物院が成立され、一般の人々の参観に供されました。公衆博物館である故宮博物院の展覧、研究、収蔵、教育、推進などの機能はこうして始まったのです。その後、戦火を逃れるため、選りすぐりの文物だけが箱に納められ、幾度となく転々と場所を遷し、1965年には古物陳列所と歴史博物館の文物を主とする中央博物院、そして紫禁城の文物を主とする故宮博物院が共同で台北外双渓に国立故宮博物院を創設し、世界に名だたる中華文化宝庫と芸術の殿堂となったのです。
このため、国立故宮博物院の所蔵品の主体は清朝宮廷の収蔵品、即ち宋、元、明、清代の宮廷の収蔵品を受け継いでおり、歴代国家の貴重品を蔵する「府庫」所蔵の「国宝」の総和とも言えるのです。また民国以来の寄贈や購入により新たに加わった文物も合わせると、所蔵数はなんと六十八万点以上に上ります。これらは八千年の文化に於ける器物、書画、古籍の貴重な宝物であり、清代朝廷が監督指導した美術、工芸、典章档案の精華を包括しています。台北で開館された後は、通史的な常設展示や特定テーマの企画展の開催、展覧に合わせた出版や講演、フォーラムなどのイベントを通じ、人々に視覚の饗宴、研究のための資料などを提供しており、今後も大いに推進を図り、現代生活の創意の源泉として参ります。
百年来、考古学の発掘調査は古代文明の多様な姿を明らかにし、世界各地の公私にわたる收蔵品と文献史料も続々と公開されるようになりました。こうした時にあって、故宮の文物はますますその価値が重視されています。例えば、礼を好み古を尊ぶ伝承の中で、当博物院が所蔵する新石器時代良渚文化の細長く多くの節を持つ「玉琮」、龍山文化の見事な彫刻の「玉圭」などは、太古の精神の内包と技術の成就を物語っています。清朝最盛期の皇帝が知る由もない時代の文物であったとは言え、文物に刻まれた款識は明らかに時空を超えた芸術の美感と共鳴し合っています。また明清時代には国の資源を用い、長期間にわたって人力を動員し、「永楽大典」、「龍蔵経」、「四庫全書」などの数多くの叢書が編纂され、その抄写や校正、典籍の保存は人類の重要な偉業であると賞賛されています。書画史に至っては、手本を確立した王羲之や孫過庭、顔真卿、范寬、郭熙、李唐など名家の傑作は、筆墨の中に自らの奥深い境地を輝かせ、長く続いて絶えることのない漢字文化圏に於ける共同の芸術伝統となっています。また歴代の皇帝が職人を指導し、自らの見本を基に作らせた各種工芸、例えば宋代の官窯、明永楽の漆器、成化の豆彩、清宮廷の琺瑯彩、松花硯などはすべて当時の最も優れた匠技が際だっていました。精巧な彫刻といえば、翠玉白菜や橄欖核舟などの文物は、参観者の賛嘆を浴び、人々の永遠の想い出となっています。
国立故宮博物院の発展は中華民国の命運と密接な繋がりがあります。国の百年の慶びにあたり、当博物院は歴史性、重要性、希少性、芸術性、人気度に基づいて精選した百点の文物をもって博物館の文物の由緒と多様な特色を広くご紹介し、国運永昌への祝福に代えます。




