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唐太宗(在位期間626-649)は秦王時代に文学館を設立し、学識深い儒学者を相談役として招聘しました。即位後は、礼賢下士の徳(学者や賢者を敬い礼遇すること)をもって、皇室に仕えた画師閻立本(601頃-674)に学士18名の図像を描くよう命じました。後世の画家たちはこの典故を好んで画題として取り上げました。この作品は四幅からなる連作で、『石渠宝笈三編』には「宋人十八学士図」として記載されており、この種の題材の発展や変遷を示すものでもあります。世俗を離れて静かに暮らす画中の人物が書画の創作や鑑賞、琴の演奏、囲碁などを楽しむ姿に、文士の「四芸合一」と言われる芸術的修養と高雅な趣味や志向が表れています。

画家は「雅集」(庭園などで余暇を楽しむ風雅な集い)を通して庭園のすばらしい眺めを描いています。真っ直ぐに伸びる背の高い松の大木、柳、桐、槐(エンジュ)などの樹木が樹木が互いに映えています。庭園内には漢白玉石が置かれ、斑竹の欄干が巡らされています。文士たちはくつろいだ様子で香を焚いたり、囲碁を打ったり、書を広げたり、絵画を鑑賞したりと、それぞれ楽しんでいます。全体に細かく丁寧に描写されており、色彩は濃厚です。端整な面持ちの人物は様々な姿で描かれ、主従や上下関係がはっきりと示されています。衣服は「釘頭鼠尾」によって細いながらも力強く、流れるような線で描かれています。庭園のあちらこちらに湖石や鉢植えがあり、寝台風の大きな腰掛や大小の机、背もたれのない丸椅子、絵をはめ込んだ衝立てなどの家具類のほか、堆朱や磁器、銅器、文房具など、様々な日用品も置いてあります。いずれの品々も丁寧な筆致で写実的に描かれており、典型的な明代宮廷院画の風格が見て取れます。画中の家具や道具類の様式から推測するに、この作品の制作年代は明代中期か晩期だと思われます。

沈徳符(1578-1642)の『万暦野獲編』には、「嘉靖末年、天下泰平。裕福な士大夫は庭園を築き、そこで歌舞を楽しみつつ古物の鑑賞なども行った。」と記されています。明代中葉以降、宮廷の貴族や文人、士大夫たちの間で「雅集」が大いに流行し、書画や器物の鑑賞を通して、「ゆったりと風流に古物を楽しむ」という美意識あふれる生活様式が生まれました。士人たちによる「雅集」の穏やかな情趣や芸術へのこだわりは、庶民の憧れの的になりました。この「十八学士図」からは、極めて精緻で芸術的だった当時の物質文化が見て取れます。風雅に古物の鑑賞を楽しんだ、明代晩期の暮らしの美学を示す最良の証だと言えるでしょう。