文字サイズ設定:
小 中 大
 
明宣徳帝坐像 軸 (New Window)

明宣徳帝坐像 軸

明宣徳帝(1399-1435)、姓は朱、名は瞻基。明成祖の最年長の孫、明朝第5代皇帝、在位期間は1426-1435、年号は宣徳、廟号は宣宗、絵画を得意とした。本作は着色の肖像画である。顔色は赤黒く、豊かなひげを蓄えている。烏紗を折り上げた翼善冠をかぶり、雲龍文の黄袍を身にまとい、手は宝石のはめ込まれた腰帯に置かれ、精美な彫刻で飾られた龍椅に端座している。椅子の下には団龍の文様の入った錦織の敷物が敷いてある。全体に写実的で衣服の線の変化には力強さがある。顔の部分を色でぼかすことによって人物の特徴が強調されており、色彩は鮮やかで美しい。明代宮廷画家の手による作。

 
       
       
 
明 宣徳帝 画三陽開泰図 軸 (New Window)

明 宣徳帝 画三陽開泰図 軸

明宣徳帝(1399-1435)、朱瞻基。その書画はごく自然な作風で、宋徽宗帝(1082-1135)と比較されることが多い。本作は宣徳4年(1429)のもので、淡い色彩で母ヤギと小ヤギ2頭が描かれており、竹や岩石、椿が添えられている。この作品には、語呂合わせで「三陽開泰」という吉祥の意が込められている。「三陽開泰」は易経六十四卦の第十一卦「地天泰」から取られている。この卦象乾下坤上は天地上下が深く交わる世の安泰を意味している。十二ヶ月の中で泰卦は正月にあたり、冬の終わりと春の訪れを表しており、陰が消え陽が生じ諸事順調に運ぶ吉象を示している。

 
       
       
 
明 宣徳帝 戯猿図 軸 (New Window)

明 宣徳帝 戯猿図 軸

明宣徳帝(1399-1435)、朱瞻基、詩文や書画を好んだ。落款によれば、本作は宣徳2年(1427)、宣徳帝29歳の時の作品である。猿一家の和やかな様子が温かな筆致で生き生きと描かれている。子猿を抱いた母猿が石の上にうずくまっている。まだ幼い子猿は母猿の首に左手を回してしがみつき、せせらぎを隔てた樹上の父猿に向かって右腕を伸ばしている。父猿は手に果実を持って子猿の気を引いている。3匹の猿の姿はそれぞれ異なり、表情も生き生きとしている。猿の毛並みは墨の濃淡乾湿を巧みに生かして質感が表現されている。猿たちを引き立てるイバラや笹の葉、アシ、波紋などの線もごく自然に描かれている。

 
       
       
 
明 宣徳帝 書上林冬暖詩 (New Window)

明 宣徳帝 書上林冬暖詩

宣徳帝の書法の見事さは画名に隠されてしまうことが多い。後人はその書を「宣徳帝の書法は沈粲、沈度兄弟の円熟した書風を継承しているが、より雄勁である。」と評している。本作は宣徳6年(1431)に郎中程南雲に下賜された作品である。結字は趙孟頫(1254-1322)に近く、明代初期以来の風潮が反映されているが、運筆はやや素早く、起筆と収筆にはなんら飾るところがない。程南雲、永楽年間(1403-1424)に書法に優れていたことから中書舎人に任ぜられた。書画を善くし、特に篆書と隷書を得意とした。『宣宗御制詩集』にも宣徳7年に程南雲が賜った「草書歌」が収録されている。

釈文:御製上林冬暖詩。蓬島雪融瓊液。瑤池水泛冰澌。暁日初臨東閣。梅花開遍南枝。宣徳六年十月二十七日。賜郎中程南雲。

 
       
       
 
明 宣徳帝 壺中富貴図 軸 (New Window)

明 宣徳帝 壺中富貴図 軸

題跋によれば、この作品は宣徳4年(1429)に描かれ、大臣楊士奇(1365-1444)に下賜されたものである。画中に描かれた猫は興味津々で上から吊るされた銅壺を見上げている。壺にはボタンの花が生けてある。猫が今正に飛びかかろうとしているのは明らかである。「猫」と「耄」は同音の語呂合わせでめでたい長寿を表し、ボタンは富貴の象徴である。本作の猫は繊細な筆遣いで至極丁寧に描かれている。吊り下げられた銅壺には3本の花が生けてあり、中ほどの緑の葉が上に向かって徐々に重なり壺の持ち手を覆い、実に軽やかな雰囲気がある。床に置かれた楕円形三つ足の洗は、明代初頭の官窯による典型的な宮廷用器である。

 
       
       
 
明 宣徳帝 馬上像 軸 (New Window)

明 宣徳帝 馬上像 軸

本作に画家の落款はないが、画面左に付箋が貼られており、行書で「宣宗行楽」と記してある。この作品には騎馬の宣徳帝が狩猟に向かう場面が描かれている。腕にタカをとまらせた宣徳帝が川辺を駆け抜けて行き、カリの群れを驚かせている。史書によれば、宣徳帝は弓術と馬術を重視し、騎射に優れていたそうである。画中の宣徳帝はふくよかで、眉は太く、たっぷりとしたひげを蓄えている。薄底の白い靴を履き、胸と肩、膝に織り文様のある、襟を右前に重ねた黄袍を身にまとっている。帽子の頂には頂珠がつけてあり、このような装飾は元代の遊牧民の影響を受けたものと思われる。帽子の縁の両側にも装飾があり、北京故宮博物院所蔵の「明宣宗行楽図巻」に描かれた宣徳帝と全く同じ服装である。