周人は礼を重んじ、人と天、人と人の関わりを結びました。そして、「以徳配天」(徳をもって天に配す)という概念の下、政治的秩序や宗法倫理、祭礼儀式、法理規範、道徳的価値観などが確立されました。これらは後の世も長く遵守される典範となり、現在も冠婚葬祭などの習俗を通して、その深い影響を感じることができます。
殷(商)を倒した周王は「以徳配天」という観念を打ち出し、商人が徳を失っってしまったことを強調しました。そのため殷(商)から周に天命が移ったとし、だからこそ徳をもって政を行い、「明徳慎罰」を実践しなければならないとしました。銅器の銘文には、周人が「徳」を重視したことを示すものがしばしば見られます。周では、「徳」によって階級ごとの権利や義務が定められ、それが宗法倫理とも結び付いていました。
西周中期以降、礼楽が制度化されました。一揃いになった列鼎や列簋、列鬲などの青銅礼器は、身分によって使用する数も異なり、封建社会の秩序や規律がよくわかります。周王による冊命や封賞は、一族の栄誉であり身分の高さを示すものでした。刑律も一族や人倫の度合いに則って行われました。
西周の祭祀は、礼制度であれ各種礼器であれ、非常に数が多く複雑でした。しかし、卜筮(亀の甲羅を使った占い)や作楽(音楽)など、殷(商)から受け継いだものも一部ありました。周人は自分たちで工夫した作法に則り、壁と玉を用いて神を降臨させ、天地神明から神託を授かりました。甲骨占卜は殷(商)の影響を受けていましたが、甲骨の扱いや加工法には独自の特色がありました。数字にも似た「爻辞」には、周易形成の痕跡がはっきりと見て取れます。
貴族たちは、重要な式典に列席する際、様々な装飾品を身に付けねばならず、それによって身分を表しました。例えば、複雑華麗な首飾り、斬新なデザインの腕輪や手に握る装飾品のほか、頭部の飾りや耳飾り、くるぶしに付ける飾りなどがありました。展示されているのは、芮公夫人の玉製装飾品一揃いです。全部合わせると、1千点を超える玉や瑪瑙、ガラスなど、色とりどりの素材を組み合わせたもので、その豪華さが貴族たちの身分の高さを示しています。
銅器の銘文には、周人の物品贈答や物々交換についての記録も多く、これによって生じた財産移転は、西周の経済状況を知るための大切な資料でもあります。また、物々交換の記録を通して、当時の土地や馬車、衣服、装飾品、器物の相対的価値を知ることもできます。
西周の工芸技術は科学技術史において重要な地位を占めています。銅器やガラス製品の鋳造にしろ、原始的磁器の焼造にしろ、どの分野でも大きな進歩が見られます。特に凸面鏡を使った発火装置─「陽燧」は、非常に重要な発明だったと言えるでしょう。