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歴代仏像彫刻芸術展

本展覧会は金銅仏を主体に展覧します。また一部には石彫作品も含まれます。金身は仏像外観三十二の特徴の一つで、木彫・陶磁器・石彫のいずれにかかわらず、表面を金色で装飾し、仏の功徳を表現しています。それは、日光がすべての衆生を照らすように、どこにでも存在することを意味しています。佛典にも以下のような説明があります。

(佛)身黃金色,有三十二相,光明徹照,上至二十八天,下至十八地獄,極佛境界,莫不大明。(《太子瑞應本起經》卷上)金色相,其色微妙,勝閻浮檀金。(《過去現在因果經》卷一)

金銅仏は青銅の胎の表面に鍍金を施した仏像です。鋳造方法には翻砂法と失蝋法の二種類があります。翻砂法は砂、もしくは粘土を完成品の凸凹を反対にした型を作り、通常は二つ以上の型を使用します。青銅を溶かして型に流し込み、型を取り外すと完成です。六朝時代、頭光と身光の部分は多くがこの方法で作られました。一方、失蝋法はワックスなどで完成品と同じ模型を作り、その上から粘土をかぶせ加熱します。蝋が溶け出した後、粘土の中空部分に青銅合金を注入し、外側の型を取り外して完成させます。この方法で、より複雑な形の成形がかのうになります。隋の時代は、翻砂法から徐々に失蝋法に切り替えた時期であり、隋以降は失蝋法が主流となりました。鋳造成形後、金と水銀を混ぜ合わせたアマルガムを外側に塗り、炭火で加熱して水銀を蒸発させます。洗浄・つや出しなどを行い、鍍金をしっかりと本体に付着させます。成形したての本体の表面は粗く、細部の修生やつや出しを施したり、刻線で目、或いは衣服にヒダを表現したりする過程を経て彫像に生命を吹き込んでいきます。

現存の石彫や木彫作品はサイズが大きいものばかりです。文献の記載に依ると、金銅仏も六尺以上で、人の等身大の作品が多かったようですが、北魏、北周及び唐の三回にわたる滅法・戦乱・不況などにより、彫像はたびたび破壊され、銅像は溶かされて再利用されました。そのため、現存する早期の彫像は20~30cm以下のものが多数を占めています。明と清の時代の彫像については、時代的に近いことから寺廟で大型の作品を見ることができますが、当時、銅の価格が極めて高かったため、多くは木や石の上に鍍金を施したものとなっています。また、容易に運搬することができなかったため、大型の金銅仏は国内及び欧米でも稀な存在です。このため、この度の展覧会で二組四点の明代の大型金銅仏が展示されることは、実に得がたい機会であると言えます。

小型の彫像は持ち運びが容易であり、旅の御守りとすることができ、金銅仏は家の中の仏壇に祭ることができます。このため、別個に作られた台座や頭光・身光・天蓋などの付属品はほとんど失われ、多くが本体のみを残すだけとなっています。本尊と脇侍が揃っている作品はなく、既に別々の収蔵品として散逸しています。当時の原形を復元した場合、完全な彫像の高さはその多くが30cmを超えます。精緻な付属品を添えると極彩色の輝きを放つ、気勢荘厳なものとなります。

「仏」とは「悟りを開いた者」のことです。佛教はインドで興り、一世紀前後に中国に伝来しました。早期の仏像は外国民族の特色を持っており、例えば、展示作品の中の、五世紀の座仏は、細面で、彫りの深い目鼻立ちです。唐代になると、本土に属する宗派が発展し、仏教が興隆を極めたため、仏像は唐代における芸術の精華を表現するものとなりました。展示作品の盛唐の頃の 座仏はふくよかで力強く、サイズこそ小さいものの、雄渾な気勢が感じられます。宋代以降になると仏教は世俗化し、宮廷との関係が薄れてきます。展示作品の宋代大日如来像の輪郭は丸く、僧衣のヒダも滑らかで、、慈悲深く優しい面立ちです。明代には仏教・道教・釈迦の三教混交となり、浄土宗と禅宗が流行しました。展示作品の阿弥陀仏は、直立の姿勢で左右は対称的です。折り目は簡潔で概念化しており、明代における彫像の典型的なスタイルが表れています。

「菩薩」は「能覚一切有情」を指しています。菩薩は仏陀の智恵を持ち、慈悲の心があるからから涅槃に向かうに忍びず、衆生を一心に救いました。獅子に乗った文殊菩薩は智恵を代表しており、多くは慈悲を代表する象に乗った普賢菩薩と一対になっています。観音は広く崇拝されている菩薩です。南北朝の「蓮花手観音」は、片手に長い茎の付いた蓮のつぼみを持っており、このつぼみは一切衆生の清浄な自性を表しています。無明の妄想に捕らわれ、自己を開放できないつぼみを、観音はその憐れみ深さで咲かせるのです。観音の持物には、蓮のほかに水瓶・払子・柳などがあります。水瓶は熱帯のインドでは生活の必需品で、心身の浄化と慈悲の法水を衆生に撒き与えることを表し、払子は悪濁障難を取り除きます。しなやかな柳は、観音の柔和忍辱の徳性を示すものです。盛唐観音立像の容姿はしなやかで美しく、中晩唐に発展した独尊水月観音像は、半跏座の姿でゆったりとした構えです。宋代雲南大理国の真身観音は、輪郭にもスタイルにも、その地方の色彩が豊かに表れています。明代は民間の需要から、観音の種類も多様化しました。例えば子抱き観音は、観音経の「設欲求男…便生福德智慧之男,設欲求女,便生端正有相之女」を典拠としており、観音が民間信仰に深く入り込んでいることを示しています。

天王と大黒天は、いずれも仏教の護法神です。カッと見開いた両眼でにらみつけ、憤怒した表情で心魔を降服させます。手には兵器を持ち、威風堂々たる迫力と神秘さを具えたその姿は、護法の戦いにいつでも臨まんばかりの気勢を漂わせています。多くの寺廟の入口や前室に置かれ、寺を守っています。この度展示される二つの護法神はチベットにおける仏教布教のための作品で、そのスタイルはチベットの図像と合致します。しかし、精緻で華麗なスタイルと豊かな装飾効果はネパールからの影響を受けており、素朴で彫像の内在的精神を強調するチベットとは異なります。

塔はインドでは元々墓でしたが、仏教では釈迦牟尼の仏舎利を安置する場所とし、後に釈迦と涅槃の象徴とされるようになりました。展示作品の唐天祐二年(905)銘塔は、アショカ王塔の作りと似ており、四面に釈迦牟尼の生前の故事をあしらい、仏の衆生に対する布施済度の精神を表しています。楼閣式塔は中国特有の建築様式で、展示作品の明祟禎四年(1631)塔は保存状態が良く、彩色上絵が今でも残っています。塔は下から上へと徐々に小さくなっており、天を突き抜けているような錯覚を与えます。また、各層の斗拱は透かし彫りが施されており、重厚の中にも軽やかさがあります。

本展覧会では5世紀~17世紀の作品を展示し、豊富な展示作品の中には数多くの逸品も揃っており、法相の美しさと塑像の精神をうかがい知ることができます。

作者:陳慧霞