This is a Flash Animation.
中文 English 日本語
:::

印章は物事を証明する為に産まれました。春秋戦国時代から現在に至るまで、そして皇帝から一般の庶民に至るまで、印鑑で確認を取り、中国人の生活の中で重要な位置を占めてきました。

一、 皇帝御用

皇帝の百宝箱を開けると、天下号令用の玉璽や書画賞玩用の印章などが入っています。何本もの同一文句の印章が彫られ、いつでも使えるように書斎や宮殿、行宮などに置かれました。

二、 皇帝賞玩

皇帝の「題詞癖」が「お宝探し狂」・「彫刻癖」と結び付いた結果、「鴛錦雲章」のような獣鈕、田黄石の「循連環」回文詩印などが生まれました。九つの印文はそれぞれ異なる篆書体で彫られており、古を好んだ皇帝の性格がよく表れています。

「宝章集喜」は、乾隆帝御製詩から「喜」の字があるものを集めて彫られたものです。印石、印鈕、印文、印篆は、「鴛錦雲章」と同じく「四絶」です。印譜には朱色の「蝠(福)」と「喜」が重ね刷りされており、極めて美しい逸品です。

三、 皇帝集古(一)

古印章の収集も古を好む表れです。清の皇帝は漢、魏以来の古銅印や玉印のみならず、明末清初に興った篆刻流派の印章をも収集していました。「毓慶宮」に収められていた古銅印は百本。その中には戦国時代と前漢・後漢の宮中私印、そして箴言印、肖形印も含まれています。印式と印鈕のスタイルは様々で、篆刻の印文は後世の模範ともなっています。

四、 皇帝集古(二)

「愛蓮説」と「銘篆兼珍-陋室銘」は、皇帝が明代の文彭の篆刻作品を集めたものです。明清以降の文人篆刻は文彭と何震の二人を始祖としていました。この二つの印章に彫られた文句は美しく、印文の配置も変化に富んでいます。しかし、辺款と印文のラインは後世に伝えられた極少数の「文彭印風」と必ずしも同じではありません。ここからも、当時レトロブーム下の愛好と清朝皇帝の印章蒐集の眼光をうかがい知ることができます。

作者:游國慶