國立故宮博物院 National Palace Museum
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世界の各古代文明と比べ、アジア大陸東方の二大河川はいずれの文明よりも悠久で、活力のある中国古代文明を育みました。先人は家畜の飼育と農耕、磨石、陶器作りの経験を蓄積し、約五、六千年前から社会が徐々に階級化されていくと、原始的なシャーマニズムの基礎の上に特殊な礼制を発展させました。礼は神を祭り、加護を求めることができるほか、人事制度を維持する役割をも担っていました。このため、具象的な礼器には、奥深い思想理念が込められているのです。

遙か旧石器時代の末期、ユーラシア大陸に玉の彫刻作品が現れた地域は一カ所だけではありませんでしたが、新石器時代末期以降、玉器文化は東アジア特有のものとなりました。「礼」という字の本来の意味は「玉を以て神に仕える」でした。考古資料によると、自然の静態と生活の習慣を大きく反映した陶器に比べ、有史以前における中国の玉器は、地域ごと風格が極めてはっきりと出ており、古代文献に記載されている三代氏族集団の地理的分布にも合致しています。これは玉器が古人の精神的文化の重要な指標であることを充分に裏付けるものです。

鳥生神話は華東沿海地域に広く伝わっており、このため宗教関連の美術品にも具象的または抽象的な動物文飾が多く使われています。華西内陸の玉の彫刻品は質朴ですが、黄土資源が豊富であったため、色鮮やかな彩陶芸術を発展させました。玉器、陶器の形や紋飾、あるいは祖先を祭る祭壇、墓などの多くは「円」と「方」を採用しており、先人の「天は丸く地は四角い」とする宇宙観を反映しています。

文明が夜明けを迎えるころには、既に玉を崇め、玉を愛でる文化が形成されていました。氏族の融合に伴い、多様化を呈していた文化にも同様の特徴が見られるようになっていきました。歴史の伝承と共に、玉を材料とした礼器は、遙か昔から礼を代表するものとされてき他のです。

 
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