
名 品 紹 介
賈師古は、南宋時代、紹興年間(1131-1162)に活躍した画院画家である。 聳え立つ岩壁、上方には三本の松の木、その下には寺と城門が見える。
岩の上は生い茂る草に覆われ、くねくねと曲がる石段が城門へと通じている。画面右下、経笈を背負った僧侶二人がうねうねとした道をたどり頂上を目指している。創意ある簡潔な結構、岩石の皴法は李唐のそれから抜け出し、墨色は濃厚で重みがあり、簡潔で素早い筆さばきは力強い。左下岩の角に「賈師古」の署款がある。流れに沿った両岸にみかんの木が植えられている。平らかな林の間を流れ行く川が水辺の石を洗う。岸辺にはセキレイとマガモの姿が見え、もやに霞む樹木と緩やかな流れは、幽雅な趣を湛えている。宋人による小型の青緑山水画の傑作であるといえる。
趙令穰は風流な才人で、岸辺の水鳥を描いた作品には、脱俗した韻致があると言われた。この作品にはそれと通じるものがあり、趙氏の手による作と推測される。蔡京、北宋時代の書家。字は元長、福建の人。徽宗朝の高官で、強大な権勢を誇り、旧党を迫害した。
この尺牘(書簡)を見ると、洒脱な筆意、力強く勢いのある文字、剛柔合わせ持つ独自の風格を有している。明、清代の評論家は、人品により書を論じた。「蘇、黄、米、蔡」四家中の「蔡」はもともと蔡京を指していたが、後世、蔡京は人柄に問題があるとされ、蔡襄に換えられた。
釈文:
京頓首再拜。晚刻伏惟
鈞候。動止萬福。久違
牆宇。伏深傾馳。
台光在望。
造請未遑。跂引之情。不勝
胸臆。謹啟詗候
動靜不宣。京頓首再拜。
宮使觀文台坐。
趙孟頫、字は子昂、号は松雪道人。宋皇室の後裔で、浙江呉興の人。諡は文敏。書も画も善くし、一時に冠絶した。
中峰とは元代の高僧で、当時の人々の尊敬を集めた。子昂夫妻はともに弟子として中峰(明本)に仕え、交わされた書簡が世に伝えられた。熟達した筆法は古風な気韻に満ち、筆を走らせれば、形を成して風格を醸し、瀟洒でのびやかな風は、王羲之を継ぐと称されるにふさわしい。
釈文:
和南再拜 中峰和上老師侍者 弟子趙孟頫謹封
弟子趙孟頫和南再拜
中峰和上老師侍者。孟頫政以久不上狀。
側聞
苦瘡痍之疾。深助耿耿。而賤體亦為
老病所纏。眠食日減。略無佳況。大拙
來收
兩書。第二書報以中示寂。不覺失聲。
蓋平生荷以中至為相愛。今其長往。
固是無可深悲。但人情世諦。自不能已耳。
和上年來多病。近亦不必深腦。人誰無
死。如空華然。此不待弟子言也。
惠茶領次知感。因大拙還。草草具答。時中唯
珍重之祝。不宣。弟子趙孟頫和南再拜。
閏月二十日。