主な図像-盛世の工芸―清 康熙・雍正・乾隆 國立故宮博物院 National Palace Museum(New window)
:::中文Englishサイトマップ top_bg2
left_pic
展示作品概説
展示テーマ
マルチメディアコーナー
ホーム
 
:::

展示テーマ

気勢堂々とした風の出現


明朝晩期以来の混乱が収束すると、景徳鎮の御用窯は康煕時代に徐々に生産を回復し、康煕 20 年( 1681 )、宮廷が景徳鎮の御用窯に官吏を派遣して監督、管理するようになった後、内廷の主導により、景徳鎮御用窯のそれ合わせた生産体制が確立されました。雍正、乾隆両朝時代における景徳鎮御用窯の焼造は空前絶後、古今無双といわれます。彩色磁器であれ、単色釉、各種の 仿古(古代作品の模倣)であれ、釉色も新たにあらゆる種類の品が豊富にそろい、目にも鮮やかなきらびやかな色彩、千変万化の器型、群を抜く巧みな技とセンスが光っています。

繊細な匠の技は、漆器の上にも表現されました。乾隆時代の剔紅は、明代の伝統的な技法を継承し、細やかな地紋とすっきり明瞭な主紋、重ねられた漆の層の色彩変化を下地に、主題の図案が強調されています。このような重なる彫刻の層をはっきりとさせた技法はしだいに連続した紋様や立体感の強調、始まりと終わりがぼかされた自然な線などの新しい風格へと変化していきました。

清代初期における琺瑯器の発展は画法瑯のみにとどまり、 15世紀に中国へ伝えられた 掐絲琺瑯が、乾隆時代中期以降その極みに達しました。康煕時代の「掐絲琺瑯冰梅紋五点」、乾隆時代の「掐絲琺瑯獣面紋方鼎」が代表的な作品です。また、雍正時代の「画法瑯蟠龍瓶」の黄色は皇室を象徴し、牡丹は華麗広壮な風を象徴しており、表面に施された虁龍の象嵌とともに清皇室の気勢堂々とした様子を伝えるものです。

清 乾隆 金碗(New window)
清 乾隆 金碗(New window) 12
清 乾隆 金碗
清 乾隆 碧玉「古稀天子之宝」璽(New window)
清 乾隆 碧玉「古稀天子之宝」璽(New window)
清 乾隆 
碧玉「古稀天子之宝」璽


内廷工房の巧みな技

明代晩期の工芸家は、個人の名をもって美術品を販売しました。康煕、雍正、乾隆三朝の造 辦処では、木材や獣の牙を用いた作品がそれぞれ専門の職人によって製作された上、民間から募集された優秀な工匠もそこに名を連ね、皇室のために驚くほど見事な美術品を製作しました。例えば、陳祖章や封歧、楊維占などは、いずれも傑出した技を持つ優れた職人で、貴重な作品が宮廷に残されました。

清 十七~十八世紀  彫象牙龍舟(New window)
 清 十七~十八世紀  彫象牙龍舟(New window) 12
清 十七至十八世紀 
彫象牙龍舟
清 乾隆二年 彫橄欖核小舟(New window)
清 乾隆二年 彫橄欖核小舟(New window) 12
清 乾隆二年 
彫橄欖核小舟


宮廷の西洋風な味わい

18 世紀、国際化という概念がすっかり根付いていたとはいえませんが、航路の開拓が進み、宣教師たちも東方を訪れるようになり、それと時を同じくして、宣教師たちと直接的にかかわる西洋の文物が、清代宮廷の収蔵品に加わりました。また、西洋文化の影響を受け、中国と西洋の風格が一体となった文物が誕生しました。

中西文化交流を象徴するに足る画法瑯は、康煕時代、西洋の銅胎画法瑯を手本とし、類似の技術と顔料を用いて、磁胎画琺瑯が製作されました。初期に製作、完成された琺瑯彩磁器は、色彩も紋様も銅胎画法瑯と同じです。

雍正時代、宮廷作の琺瑯彩磁器に大きな変化が生じました。焼造所が必要とする顔料は、もともと全て輸入に頼っていたのですが、国内で抽出できるようになると、琺瑯彩磁器の焼造は全く新しい発展の段階へと足を踏み入れ、生産量が増加すると同時に、皇室の主導の下、題句や詩画を組み合わせた装飾が大いに流行しました。

乾隆時代、琺瑯彩磁器の装飾に多くの新しい題材や技法が出現しました。西洋画のような人物や、伝統的な庭大楼閣、複雑に層を重ねる花模様など、いずれも清代宮廷琺瑯彩磁器に新たに加わった要素です。

西洋の煙盒をもとに考案された鼻煙壺は、康煕時代、すでに宮廷内で見られるものでした。鼻煙壺は当初、皇室や貴族階級のみで使用されていましたが、雍正、乾隆両朝の造 辦処で集中的な生産が始まり、主に下賜や贈答品にされ、 18 世紀以降しだいに民間にも普及しました。

ロンドンで製作され、海関(沿海の関所)が購入して進呈した、鍍金画琺瑯の懐中時計の蓋に描かれている西洋画には、当時流行したフランス風の味わいが感じられます。すでに止まっている分針と秒針が、中西が出会った大切な時刻を記録しています。これらの品々は、皇室や貴族たちにとっておしゃれな流行品であったのみならず、機械技術や科学技術の目新しさと芸術が巧みに一体化されたものでした。

西洋 十八世紀 銅鍍金画琺瑯天使図修妝匣(New window)
西洋 十八世紀 銅鍍金画琺瑯天使図修妝匣(New window)
西洋 十八世紀 
銅鍍金画琺瑯天使図修妝匣
清 雍正 琺瑯彩瓷花鳥図碗(New window)
清 雍正 琺瑯彩瓷花鳥図碗(New window)
清 雍正 
琺瑯彩瓷花鳥図碗


実験、仿古と新しい創造

満州族出身の清皇族「龍興之地」(現在の東北地方吉林省と遼寧省に重なる)で産出される松花石材は、青緑色で上品な色合いが人々に好まれました。清代以前、そのほとんどが砥石とされていましたが、康煕時代中期に至ると、皇帝独自の発想と慧眼によって、硯と硯盒の素材として使われるようになり、この時から松花石の硯は賞賜や贈答の最上の品となったのです。雍正、乾隆両朝の造 辦処でも多数製作されました。

西洋の機械技術の影響を受けたからでしょうか、18 世紀、景徳鎮の御用窯で製作された作品の中に、回転したり動かしたりできる磁器が登場しました。この種の透過性や立体的な透かし彫りにこだわり、内瓶と外瓶を組み合わせて一体とする技法は、乾隆時代の督陶官・唐英( 1682-1756)により研究開発されました。唐英の主導の下、「玲瓏交泰瓶」や「冬青有座転旋靶碗」などが焼造され、御用窯の作品中、独特の風格を有する新しい創作磁器となったのです。督陶官・唐英が皇帝の賞賜を受けることはありませんでしたが、現代にまで伝えられたこの作品を通して、創作の苦労と素晴らしい才能が感じられます。

清 康熙 釉裏三色山水筆筒(New window)
清 康熙 釉裏三色山水筆筒(New window)
清 康熙
釉裏三色山水筆筒
清 乾隆 霽青描金游魚転心瓶 「大清乾隆年製」款(New window)
清 乾隆 霽青描金游魚転心瓶 「大清乾隆年製」款(New window) 12
清 乾隆 
霽青描金游魚転心瓶 
「大清乾隆年製」款