十四世紀末に明朝が建国されると、器物工芸に新たな領域が切り開かれました。磁器の装飾が絵画芸術と彩釉の色鮮やかな世界へと歩み始め、装飾の新しい時代を迎えたのです。素朴な美しさをたたえる宋や元の磁器に比べ、明の磁器は色彩重視が重要な特徴です。明代初期における剔紅漆器の浮き彫りや景泰藍のまばゆいばかりの輝きは、いずれも主流工芸が色彩を重視した芸術であることを表しています。
明代宮廷の日用品は、すべて専門の機関または工房で生産されていました。磁器・剔紅漆器・琺瑯・織物などの製作については、腕の優れた職人を宮廷に招聘するほか、宮廷も研究と製作に全力を尽くし、図案や模様の手本を提供すると共に、莫大な財力・人力・物力によりこれを支援し、官営の手工業を更なる高峰へと導きました。明代の最も主要な官営手工業は磁器の焼成です。官窯の管理制度は極めて厳しく、朝廷は役人を派遣して磁器の焼成を監督させ、新しい磁器を次々と創り出していきました。元代の高低温単彩・青花・釉裏紅などの技芸の継承から、多彩・五彩・豆彩などを結合させた製作に至るまで、各様式の装飾技法を大量に応用し、斬新で生き生きとした色彩豊かな装飾時代を築き上げました。
明代の初期、鄭和が七回にわたって西洋に赴き、中東と頻繁に交流しました。また、朝廷もチベット仏教、イスラム教を信奉し、ペルシャ文化を大量に吸収しました。それは器物の形や紋飾にも反映されており、ひいてはアラビア文字とチベット文字による吉祥文を採り入れるなど、至るところで文化の交流の跡を残しています。これらの新たに加わった要素は、明代の工芸美術をより特色のあるものとしました。 |