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古籍を鑑賞する

多様な字体

中国人はいにしえを好む。宋人の印刷字体は通常唐代の著名な書道家欧陽詢(557-641)、顏真卿(709-785)(図10)、柳公権(778-865)(図11)の字体を模倣している。元人の印刷字体では、趙孟頫(1254-1322)の趙体が愛された。このように、代々模倣、伝承されていったのである。明代の隆慶(1567-1572)、万暦年間(1573-1620)に至り、「橫へ軽く縦に重い」という形の長方形の印刷専用字体が作られ、「宋体字」(図12)と称され、明中期以後に印刷における通用字体となったようである。この後、さらに字体を彫る職人が代々模倣を重ねた結果、ついに「橫に平たく縦はまっすぐで、はね払いはまっすぐぴんとし、字形が正方形で、角がはっきりしている」という字体である「硬体」といわれるものが出来上がった。清は明の習慣を受け継ぎ、康熙年間以後、印刷には2種類の字体が使われることが多くなった。一つは軟体、すなわち筆記体であり、もう一つは硬体、すなわち宋体である。乾隆期の「聚珍体」もまた宋体を模倣して出来上がったものである。清末には活字印刷が伝来し、民間の書店は各種の通用している字体を鋳造し始めた。例えば、正楷体、古宋体、仿宋聚珍体、明体等があり、それぞれの名称は異なるが、多くは「宋体」を基礎として発展したものである。

『大方広仏華厳経』
図10   『大方広仏華厳経』
唐 実叉難陀訳
宋淳化間杭州龍興寺刊後代の補修本
外観:28cm x 11cm
本体:24cm x 11.2cm
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『春秋穀梁伝集解』
図11   『春秋穀梁伝集解』
晋 范甯集解
宋紹熙建安余仁仲万巻堂刊本
外観:25cm x 15.6cm
本体:18.3cm x 12.6cm
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『李卓吾批評幽閨記』
図12   『李卓吾批評幽閨記』
元 施惠撰 明 李贄評
明末葉虎林容與堂刊本
外観:28cm x 17.8cm
本体:20.7cm x 14.4cm
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『仏説阿彌陀経』
図13   『仏説阿彌陀経』
姚秦 鳩摩羅什訳 黒線緙絲本
外箱:34cm x 18cm 厚さ14.5cm
外観:29.5cm x 12cm
本体:23.7cm x 9.3cm
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華麗な装丁

書籍の装丁は元々閲覧と収蔵のために行われたが、書の外見が変わるにつれて、装丁も絶えず変化した。絹織物の書物は通常一「巻」を巻くか、折りたたんでいた。初期の紙製の書もまた表装されて「巻軸」となり、これを「巻子」といった。隋唐時期になると、大型書籍が出現し、巻軸が長すぎて、広げるのに不便になったため、折りたたみの「経摺装」が出現し、「梵夾装」とも呼ばれた。木版印刷の出現後、書は一枚一枚印刷され、装丁も巻軸、経摺装から蝴蝶装、包背装となり、最後には線装が出現した。清代宮廷の蔵書は装丁に凝っており(図13)、錦箱、木箱、漆盆、絹の袱紗、犀箋、玉箋、牙箋、骨箋の装丁があり、多様で美しく、華麗で、古籍の装丁を芸術の領域にまで高めた。

精緻な挿絵

中国古籍に挿絵が登場した時期は非常に早く、宋代の仏教の経典に多くの「経変図」が出現し、内容の深い経文について絵を使って説明している。しかし、本当に挿絵を発展させたのは木版印刷技術の画期的な運用で、戲曲、小説、歴史小説等の民間文学の勃興という刺激を受け、民間の需要は大きく、書店は競って書籍を出版した。消費者を惹きつけるため、文章に挿絵をつけたのだが、絵も文章も豊富で立派であれば、売れ行きもよくなる。そのため、書店がさらに立派な印刷の技巧を追及することになった。このような相互需要が挿絵を芸術の高みにまで引き上げた。明代中晚期の挿絵(図14)は彫りが精緻なだけでなく、線も美しく、構図も華麗で、多色刷りの印刷技術にふさわしく、挿絵は素描から彩色画になっている。清代の書籍の挿絵は山水がよく見られ、公的な出版物(図15)が民間や個人の版本より優れている。

『明解増和千家詩注』
図14   『明解増和千家詩注』
南宋 謝疊山撰注 
明朱絲欄鈔本
外観:32.2cm x 21.3cm
本体:26cm x 17.2cm
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『帝鑑図説』
図15   『帝鑑図説』
明 張居正編 清 沈振麟画 潘祖蔭等により複写
清内府朱絲欄写絵本
外観:53.5cm x 53cm
本体:36cm x 46cm
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