古籍を知る
古籍の概念
書物は古代には典籍、文献とも呼ばれ、文書、公文書、書籍の三つ意味を持っていた。時の流れと共に、記事を文書に分類し、編集を加え、閲覧に便利なようにし、知識、経験を広めるという目的をも達成するため、書籍が形成されたのである。書物の内容が日々増加し、体裁も多様化したため、製作技術も絶えず変化した。閲覧に便利なように、「簡冊」、「巻軸」、「冊頁」、「線装書」等の様々な装丁が生まれた。それでは、古籍とは何だろう?「古」は「今」から出た相対的な概念で、現代の印刷技術がまだ使われていない書籍はみな古籍と呼べるのではないだろうか。
中国印刷技術の発展
木版印刷は唐代に始まり(図2)、宋代以後、中国の伝統な製本印刷の重要な方式となった。早期の木版は一回に一種類の色しか印刷できなかったので、「単印」と呼ばれる。 完全に規格同じ複数の版を部分により異なる色に分けて、複数回印刷すれば、二色、三色、四色、できれば五色が印刷でき、これを「套印」と呼ぶ。套印で印刷製本された書を「套印本」と呼び、これは中国古代において最も特色ある彩色印刷技術によるものである。活字印刷技術は銅或いは木の一つ一つ独立した活字を用い(図3)、組み合わせて印刷するのである(図4)。乾隆帝は宮中の木版活字印刷の書を「聚珍版」と呼んだ。石板印刷は西洋技術であり、清末に中国に伝来した。印刷が迅速で、廉価であるため、たちまち普及した。
中国書籍事業の盛衰
中国書籍事業は社会の発展に沿って起こっている。春秋時代の書物の性質は公文書が多く、戦国時代には、書物は知識を広める媒介であり、また個人の蔵書も始まった。秦始皇が中国を統一し、「文化統一」政策を開始し、私蔵の書を宮廷や政府機構に接収し、焚書坑儒を行った。中国書籍発展の暗黒時代である。漢が興り、書籍事業もまた次第に回復された。隋唐に至り、科挙制度の影響を受け、写本の書が極めて盛んとなり、国家の書籍整理が最高潮に達した。木版印刷技術もこの時生まれ、中国書籍事業は新しい局面を迎えたのである。
宋代は中国書籍業の発展における重要な時期である。書物の編纂、刊行、蔵書という気風が盛んで、国家、個人、民間の三つから発行される書籍が並存していた(図5)。明清では、宮廷が豊かな財力、物資、人力を用いて、書籍編纂事業を主導した(図6) (図7)。その後、20世紀初め、西洋の印刷技術が伝来し、中国図書事業はまた新しい段階を迎えた。
古籍の分類
中国古籍の伝統的な分類法は経、史、子、集という四つの部の分類であり、四部はさらに四十四類に分けられる。経部は儒家の経典及びその解釈書が主であり(図8)、また古楽、文字に関する書籍も含まれる。史部は主に様々な体裁の史書が含まれるが、他に地理、政経書及び目録が収録される。子部の範囲は比較的広く、諸子百家、算術、天文、生物、医学、軍事、芸術、宗教、占術、風水、運勢、随筆、小説、類書等は皆子部に入る。集部は詩、文集、文学評論及び詞曲などの著作を収録する。個人の著作は「別集」といい、集団の作品を「総集」という(図9)。








