
凜烈万古─明代楊忠烈公劾魏忠賢二十四罪疏稿
楊漣、隆慶5年に生まれ、天啓5年逝去(1572‐1625)。湖北応山の人、字は文孺、号は大洪。天啓4年(1624)、御史を務めていた際、宦官・魏忠賢を弾劾した。文献によると、3月に書をしたためて6月に上奏し、翌年7月24日に獄死した。本作は小行書で書かれており、計3,286文字ある。書をしたためつつ世の中を憂い、扼腕して涙を流し、書としての美を求めてはおらず、質朴自然な筆跡となっている。書はその人の如く、人品の高さを感じさせ、文字も格調高く、顔魯公(顔真卿)の「祭姪文稿」と同じく素晴らしい。
玉丁寧館(秦孝儀氏)寄贈品。
