
「玉丁寧館」は国立故宮博物院元院長秦孝儀氏の書斎名です。秦孝儀氏の字は「心波」。1921年2月11日に湖南省衡山県で生まれ、2007年1月5日に台北で永眠されました。秦孝儀氏は幼少より父親から教育を受け、成長するに従い多くの書物を博覧し、日夜怠らずに勉学に励みました。その文学の造詣は深く、世間では「第一文胆」(文筆の第一人者)と尊称されています。元院長は上海法学院法律学科卒業後、24才から長い間、中国国民党中央党部の中枢機関のために奉仕しました。1983年1月には国立故宮博物院院長に任命され、2000年5月の退職に至るまでの18年間、本院を統括し、責務を遂行されてきました。その後、「広達文化教育基金会」の名誉理事長に招聘され、引き続き自己の精神を打ち込まれました。
秦孝儀氏は本院の経営に当り、文化に対する宣揚は、古今を繋ぎ、世界の国々を見渡し観察してこそ、始めて文化的視野が広がり、文化の新たな一歩を踏み出すことができると認識されていました。十八年間の在職中、本院施設の建増による、文物の現代的展示環境と保存管理の改善をはじめ、倣古庭園の修築、本院構内の景観美化による、参観者への理想的な遊覧環境の提供、積極的な文物蒐集、収蔵品欠如部分の補完に力を注ぎ、新石器時代中期から近代までの文物の、八千年におよぶ中華文化の一貫展示を可能にさせ、元来の宮廷の珍貴文物の収蔵方式を改変し、文物総点検を敢行。統一分類番号システムの採用による、保管の過失を無くし、鋭意出版に努め、中華民族五千年文化大系を整理し、読者の、場所を選ばず何処でも文物の素晴らしさを理解できるといった可能性を実現。「百品文物」の台湾中南部に於ける展示により、台北以外の地で本院の珍品鑑賞を可能化し、国際化の風潮に応じ、展示も多元化の傾向を追及し、院内の「華夏文化と世界文化の関係特別展」の開催を筆頭に、院外では、米・仏などの地で展示会を実現、世界でも有数の博物館と交流し、西洋芸術を導入し、展覧会を催し、中国と西洋美術が本院で美を共演し、更に、大陸における出土品や個人収蔵の展覧会などを開催しました。コンピューターIT時代の到来により、文物管理保存・研究・行政管理のオートメ化やデジタル化に着手するなど、本院に対する貢献は枚挙に遑がありません。
秦孝儀氏は公務の余暇には、漢詩詞の吟詠、書道作品の制作、並びに文房具や玉・石・竹・木・骨・角等の材質の器物収集を好まれ、文物に触れ、或いは吟詠や鑑賞をする中に、独自の芸術風格を確立されました、「秦体」と世間で称された書体で詩文や題辞賛辞を書き、文物に対する心情を表現した外、古文物に新たな生命を添えられました。1997年秦孝儀氏は長年に渡り収集した歴代の牙・骨・竹・木器237組(296件)を「玉丁寧館」という書斎名で本院に寄贈されました。更に明清時代の善本書42種(2230冊)、明代楊忠烈が魏忠賢を弾劾した二十四罪疏稿、台湾早期画家の楊三郎氏の粉彩画一幅などの寄贈も賜り、参観者の鑑賞に供されました。秦孝儀氏の珍貴な文物に対する維持保護の精神力、又、その徳には感謝し心に念ずるものがあります。
ここに、元院長秦孝儀氏ご逝去百か日に当たり、寄贈された文物の一部、及びご遺族より拝借した書道作品を展示致します。これは、秦孝儀氏生前の典範を皆様に見て頂くことを期するものであり、本院職員の元院長秦孝儀氏に対し、最大の敬意を表するものでもあります。