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清代の王室は豊かな財力を以って、康煕十九年(1680)に正式に武英殿修書処を設立し、専門に朝廷奉敕編纂の書籍を刊行しました。これらの武英殿修書処を中心にして編集印刷された図書は略して「殿本」と称され、今日の言葉で言えば、中央政府出版物にあたるものです。
実際には、政府刊行物の由来は早く、五代・宋代(907-1279)の中央政府の版刻書の責任機関は「国子監」であり、元代(1279-1368)に設立した「興文署」、明代(1368-1644)の司礼監に属していた「経廠」などはそれに相当します。
清朝入関(1644)後、直ちに漢人文化の伝統を継承する為、一時的に明代の司禮監を利用し、満洲文・漢文併記の政務類図書を出版して、自分の子弟教育の教科書としました。正式な修書機関成立後は、皇帝の政治理念と文化傾向を呈現する図書が、一部一部刊行され、歴代の宮廷版刻書とはかなり違った図書体系を形成しました。例えば、「御製」・「御選」・「御註」・「御批」・「欽定」等の句を書名の上の加え、更に、良く見かける「御製序」は、皆「殿本」図書に秘められた帝王の意思と威厳を示したものです。
内容の特定性の外、版刻技巧の厳しさ、材料選択の重視、装丁内容の華麗さなどは、「殿本」図書の形式上の重要な特色であり、みな皇帝極致的精緻と豪華さを表現したものです。この展覧会では、二つの単元に分け、その一つは内容方面の編集傾向で、(一)文化伝統の追求、(二)施政理念の貫徹、(三)文治武功の呈現、(四)文物の保存と観賞の反映、(五)佛教信仰の崇拝という五つの課題が含まれています。もう一つは、技術の側面からで、明代以前の木版印刷の成果を継承した外に、銅活字と木活字を以って大型の類書や叢書を刊行し、又、中国と西洋の技術を結合して、各種の版画や挿絵を刊刻し、多色刷りを運用した清代中央政府出版物の多方面の姿を呈現します。
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