中国の宮廷は文物収蔵の長い歴史を有しています。「史記」の記載によると、前漢の武帝は「秘閣」を設置し、天下の書法や名画を収集すると同時に、「故銅器」も収蔵していたとあります。また清代宮廷の収蔵は、豊富な数や広汎な規模、種類も多く、当博物院の収蔵規模からも伺い知ることができます。またその由来も多岐にわたります。そのため、当展覧では主要な収蔵品のみをご紹介することにします。
満州族は東北から中国本部に入り明の宮廷を直接接収しました。このため、明代宮中の収蔵品はそのまま清朝に引き継がれ、清宮収蔵の重要な基礎となりました。このほか、歴代の中国宮廷には工房が設置され、宮廷で使用される器物を製作していましたが、清朝もこの伝統を継承し、康熙年間には造弁処が設けられました。また、芸術と生活用品に独自のこだわりを持っていた雍正帝と乾隆帝は、造弁処の運営に特に関心を寄せ、製作された精緻な御用品は、徐々に清宮の主な収蔵品となっていきました。
皇室一族は正月や生誕祝典、または南巡の際に、臣下から多くの貢ぎ物が献上されます。特に書画や美術品、骨董品などが特に喜ばれ、臣下からの貢物も宮中収蔵品の由来の一つとなっています。このほか、西洋の宣教師や使節との接触、および周辺属国との交流などを通じ、異国情緒溢れる収蔵品も宮中に収められています。周辺属国から献上された貢物の多くは、重大な政治事件と密接な関係があり、中には国家の重器として扱われたものもありました。 |