清朝は満州族により建国されました。小さな異民族が中元の主として君臨し、三百年の太平の世を治めることができたのは、清を建国した皇帝が漢人文化を重視し、それを受け入れたことと関係があります。彼らは文物を積極的に収集、整理、収蔵し、その観念と手法は現代のそれと相通ずるものがあります。中でも類書に力を入れ、その規模は現代の「データベース」の構築に匹敵するものでした。また、博物館の収蔵品の基本資料をまとめたような書画図籍や、北宋徽宗時代の「宣和博古図録」の格式を継承した各類器物の図録なども作成されました。国の力を傾けて完成したこれらの文化大業は、様々なかたちで歴史に深い影響を与え、万世に伝えられるものとなりました。
宮中の工房には各地の優れた職人が集められ、宮廷で使用する器物が作られました。このため、帝王の好み、引いてはその性格までもが、当時の工芸発展に大きな影響を与えることになりました。それは時代の潮流を先導するのみならず、実質的に研究開発と創意を促し、新局面を切り開いたことにあります。 |