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モンゴル族が東北アジアの主要地域を占領したため、突厥族は中央アジアから西へ移動して、西アジアを基点に東欧にかけてオスマン帝国(1299‐1922)を建国し、最盛期にはヨーロッパ、アジア、アフリカにも領土を拡大しました。その後、国土はしだいに縮小し、最終的にはトルコ共和国となりました。
換言すれば、オスマン帝国とムガール帝国王室の祖先はともに中央アジア出身で、従兄弟のような血縁関係があったのです。これらの歴史的背景を理解すれば、なぜトルコとインドという離れた地域でよく似た玉彫芸術が発展したのかがわかります。
トルコの玉彫刻は、数量と器類ではインドに遠く及びませんが、独特の風格を有しています。同じく整った対称的な花葉紋を主な装飾図案としていますが、その趣はやや剛直で明朗なものとなっています。不揃いのアカンサスをめぐらせた輪郭は平らな縁と幅広な葉で飾られ、器腹の花葉紋は連続した「開窓式」の配列、柄の部分は垂直か平らに突き出し、まれに豆のさや型の器底が見られます。これらのほか、トルコの玉職人はよく花びらや葉の一枚一枚を円形または楕円形にへこんだ形に仕上げました。これはいわゆる「浅杓彫」で、軽く透明感のある特殊な効果を生み出しています。
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オスマン帝国 S形双柄碗
寬17 口径13.1 底径4.7 高6.9公分
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オスマン帝国 彫花蓋罐
全高12 腹径6.6 底盤最大の径9.6公分
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