皇帝による天下への布告、官員の封贈、外潘への勅諭、国家の大事の処理を行う際に発布した文書を総じて「詔令文書」といい、民間では俗に「聖旨」という。それらの文書の起草や担当機関、機能はさまざまであったため、名称は非常に多く、例えば、詔書、誥命、敕命、敕諭、金榜、冊、書、符、檄文などがある。展示されている詔書と誥命は極めて重要な詔令文書である。
清代の制度では、国家的な大事や重要な式典の際、必ず皇帝により「詔書」が発布され天下に伝えられた。例えば、皇帝即位、大婚、親政、崩御、帝位継承、政治改革、立憲、大災害などである。
詔書には一定の書式があり、一行目は「奉天承運,皇帝詔曰」で始まり、末行は「布告天下,咸使聞知」で終わる。中間には天下に知らせる事柄が記してある。(図1、図2、図3)
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図1
多爾袞母子撤出廟享詔
順治八年二月二十二日
横185cm 縦78.2cm
故閣000001 文献番号301000001 |
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図2
咸豊皇帝遺詔
咸豊十一年七月十七日
横278cm 縦85.5cm
故閣000018 文献番号301000018 |
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図3
「御賞」と「同道堂」という印を押してある諭旨
咸豊十一年十一月十三日
縦22.3cm 横20cm
故宮134980 文献番号408016033 |
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図4 封贈沈鐸続順公世襲罔替誥
乾隆十九年~光緒十四年
外装含 横568cm 縦9.8cm
贈献000075 文献番号903000003 |
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「誥」には、「文を以て知らせる」という意味がある。清代の制度では、五品以上の官員の封贈や爵位の継承者には、皇帝より「誥命」が発せられ、封ぜられる者の功績や所以、内容などが記してあった。清代の誥命は、五色か三色の絹糸で織った布に、満州語と漢語の二種類の言語で、色合いに合わせて墨、硃砂、石青などの顔料を用いて書いた。通常、誥命は手巻式で、美しい駢文体(対句で構成した文体)で書かれており、一行目は「奉天承運,皇帝制曰」である。
「世襲罔替誥」は誥命の一種で、外観が特別に長い。これは爵位を継承する子孫の姓名を書く余白を残したためである。(図4)
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| 清朝は天朝が地上を統治していることを自任していたため、中葉以前には国と国との対等な文書は全く無い。上から下への「勅諭」、或いは下から上へ差し上げた「表」(図5、図6)と「箋」(図7)があるのみである。表と箋は、臣民が皇帝と后の長寿を祝した文書、朝賀で用いた文書で、皇帝と皇太后に進呈した文書を「表」といい、皇后に進呈した文書を「箋」という。それらの内容のほとんどが功績や人徳を褒め称えた祝詞であった。表と箋は潘と属国も用いた。英仏連合軍と交戦の後、清宮廷は「総理各国事務衙門」の設置を迫られ、平等な関係を示す国書も徐々に見られるようになった。(図8、図9) |
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図5 シャム国金葉表
乾隆朝
金葉表文 横28.5cm 縦16.3cm
故閣000014 文献番号302000014 |
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図6 シャム国王鄭昭貢単
乾隆朝四十六年五月二十六日
縦24.5cm 横11.5cm
故機030433 文献番号030660 |
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図7
安南国王悼輓乾隆皇帝の金箋
嘉慶四年五月十日
金箋冊 横14.5cm 縦25cm 9頁
故閣000062 文献番号302000012 |
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図8
大清国から英国への国書
光緒三十一年
国書 横269.5cm 縦34.3cm
故閣000059 文献番号302000009 |
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図9
韓国から清宮廷への国書
光武八年、光緒三十年(1904)
国書 横53.3cm 縦41.4cm
故閣000052 文献番号302000002 |
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