| 奏摺とは、清朝の高級官員が皇帝に事務報告をする際に用いた文書形式の一つで、清康熙年間に起源を持つ。当初は特定の大臣が秘密裏に報告を行う権限を与えるためのもので、皇帝が朱筆を入れた後、上奏者に返却された。雍正帝(1678-1735)は奏摺の使用範囲を拡大し、返納制度を定め、皇帝の朱筆が入った奏摺は全てに宮中に返納、保存され、大臣の私蔵は許されなかった。その後も歴代皇帝がそれに習い、制度が確立された。軍機処設置後は、皇帝が朱筆を入れた奏摺は、必ず先に軍機処に渡され、副本を作って保存した。それらの副本を「奏摺録副」という。(図10、図10-1、図11、図11-1、図12)
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図10
欽差大臣基溥等奏摺録副
奏報査勘永陵神樹要工告竣並附図説明
同治二年九月二十三日奏
十月初二日奉旨
縦21cm 横80cm
故機092836 文献番号091521 |
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図10-1
保護神樹形式図
欽差大臣基溥等奏摺録副中附図
同治二年九月二十三日奏
十月初二日奉旨
縦63.5cm 横65cm
故機092837 文献番号091522 |
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