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「一代が興れば、必ず一代の歴史が残る。これを後世に伝えることは、誠に必要なことである。」これは順治6年(1649)正月初8日、皇父摂政王と言われた多爾袞(ドルゴン)が館(史書編纂を担当する役所)を開き、「太宗文皇帝実録」の編纂を命じた敕諭の一節で、清朝が国史編纂の伝統を重視していたことがわかる。清朝における開館と書籍編纂は、以下の三種に大別できる。
例開の館には実録館、玉牒館があり、
長開の館には国史館、方略館、起居注館があり、
特開の館には明史館、会典館、三通館などがあった。
これら宮廷が編纂した史書の多くは大学士が担当し、執筆者も多くは翰林院の官員で、書の質と量を保証するとともに、清朝の思想が一貫して反映された。朝廷が開館、編纂した史籍を俗に「官書」という。
(図13、図14、図15、図16) |