天祿琳琅:乾隆御覽之寶 The T'ien-lu Lin-lang Library: Treasured Rare Books of the Ch'ing Inner Court

展期:2007/12/15 ~ 2008/06/30
陳列室:104

Dates: 2007/12/15 ~ 2008/06/30
Gallery: 104

収蔵家の鑑定標記

善本古籍の収蔵は、典籍の学術的価値、版本年代や校勘上の意義のほか、「印記」もまた一冊の書物の流伝の軌跡を描き、古書文物の価値を鑑定する際に最良の証拠となります。「天禄琳瑯」蔵書は、皇室の収蔵図書を代表するものであるため、皇室特有の貴重性があります。嘉慶年間に再度収集された善本の印記をまとめると、「天禄琳瑯」蔵書には、「五福五代堂宝」、「五福五代堂古稀天子宝」、「八徴耄念之宝」、「太上皇帝之宝」、「乾隆御覧之宝」、「天禄継鑑」、「天禄琳琅」という六つの固定された形式の璽印があります。清代内府の蔵書はたいへん多く、そのような固定された形式の印記は、「天禄琳瑯」蔵書から始まったといえ、璽印によって図書を鑑賞する最も典型的な例です。それとともに収蔵家の印記からも一冊の書物の流伝の軌跡と皇室に収蔵された過程を辿ることができます。

『文選』 梁 蕭統編 唐 李善等六臣注 宋紹興二十八年(1158)明州修補旧刊本

故善014502-014551   
存五十巻 五十冊 見開きサイズ:31 × 35 cm 『文選』 梁 蕭統編 唐 李善等六臣注 宋紹興二十八年(1158)明州修補旧刊本 (new window)
  • 『文選』 梁 蕭統編 唐 李善等六臣注 宋紹興二十八年(1158)明州修補旧刊本 (new window)
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「六臣文選」(または「六家文選」)とは、宋代に、唐代の李善注本と玄宗の時代の五臣(呂延濟、劉良、張銑、呂向、李周翰)の合注本を合わせて刊刻した『文選』刊本を指す。本書の蔵書印は41にも達し、主に明代末期の蔵書家・毛晋(1599‐1659)一族の蔵書印記で、例えば、「宋本」、「戊戌毛晋」、「毛姓秘翫」、「汲古閣」、「毛氏藏書子孫永寶」、「在在処処有神物護持」、「子子孫孫永宝」、「臣晋」、「汲古閣世宝」などである。書中には本書が明代の文徴明、文嘉、毛晋、毛表、王寵、楊録、夏時正などの手を経て、更に清代の呉歴、李振宜の所蔵となり、最後に清内府に入ったことが記されている。こうした収蔵の歴史から、いかに宋本が蔵書家に好まれていたかが容易に見て取れ、鑑賞印記がその最良の証となっている。

『龍龕手鑑』 遼 釈行均撰 宋嘉興府刊本

故善001281-001286  
四巻 六冊 見開きサイズ:33.7 × 40 cm 『龍龕手鑑』 遼 釈行均撰 宋嘉興府刊本 (new window)
  • 『龍龕手鑑』 遼 釈行均撰 宋嘉興府刊本 (new window)
  • 『龍龕手鑑』 遼 釈行均撰 宋嘉興府刊本 (new window)
原題は「龍龕手鏡」であったが、宋太祖の祖父の諱となるため、「鏡」を「鑑」に改めた。本書は俗字書で、四種の声調─平上去入によって四巻に分けられ、音声によって文字を検索する字書の先駆けである。本書には「天禄琳瑯」蔵書印記のほか、朱方印「呉城」、「吳城字敦復」、「敦復」,白方印「內殿書印」、白長印「繡谷亭続蔵書」がある。呉城、字は敦復、号は欧亭、銭塘の人。雍正時代の監生で、清代の著名な蔵書家・呉焯(1677-1733)の長男、父の後を継いで書物を収集した。繡谷は呉焯の号、字は尺鳧、書物の収集を好み、書斎の「瓶花齋」には、多数の宋版書と旧家善本を収蔵し、秘蔵の書物に詳細な校勘と考訂をし、「繡谷薫習録」としてまとめた。また、「繡谷亭続蔵書」は呉城の蔵書印である。「内殿書印」は南宋内府の蔵書印で、南宋内府の蔵書には全てこの印が押されている。

『礼記集説』 元 陳澔撰 明正統丁卯(十二年、1447)司礼監刊本

故善012782-012797 
十六巻 十六冊 見開きサイズ:31.2 × 35.5 cm 『礼記集説』 元 陳澔撰 明正統丁卯(十二年、1447)司礼監刊本 (new window) 司礼監が皇帝の命によって刻した五経四書の一冊である。書中には明代官刊秘籍の印「表章経史之宝」がある。もとは清康雍年間の揆敘(?-1717)の所蔵であったが、後に「天禄琳瑯」蔵書に入った。揆敘は康煕時代の大学士・明珠の子息、その蔵書印には「謙牧堂蔵書記」と「兼牧堂書画印」があり、 謙牧堂は書室名である。雍正2年(1724)、第八皇子・允禩の一件に関わったため、清世宗は揆敘の官位と諡号を剥奪し、家財は没収された。そのため蔵書の全ても内府に没収されたのである。『天禄初編』には「謙牧堂蔵書記」と「兼牧堂書画印」の蔵書印記がある典籍はないが、『天禄後編』では、書目中に最も多くの蔵書を記載された私家蔵書家となっている。ほかに、「玉峯祡子熙芝乗室印」という篆書の朱方印もあるが明らかではない。

『昌黎先生集』 唐 韓愈撰 李漢編 宋 廖瑩中集注 明万暦間(1573-1620) 東呉徐氏東雅堂重刊本

故善009161-009176  
四十巻外集十巻遺文一巻 十六冊 見開きサイズ:27 × 31 cm 『昌黎先生集』 唐 韓愈撰 李漢編 宋 廖瑩中集注 明万暦間(1573-1620) 東呉徐氏東雅堂重刊本 (new window) 明代万暦年間、徐時泰の東雅堂が翻刻した南宋末期の廖瑩中世綵堂本『昌黎先生集』、『外集』、『遺文』には、明清代に普及した版本で、朱熹『考異』全てと五百家の註解の摘要が収録されている。東雅堂本は翻刻が素晴らしいだけでなく、廖氏綵堂本の明らかな誤字も修正されている。『天禄後編』の考証には、「徐時泰が翻刻をした時、廖瑩中は賈似道の郎党であるから重んじるに値せず、各頁から世綵堂の字を消して東雅堂に変え、しだいに東雅堂韓文が広まろう。」とある。原書の各巻末には「東呉徐氏刻梓家塾」の牌記があるはずだか、本書は消されている。書中には明代の書画の大家・王寵(1494‐1533)の蔵書印記「履吉之印」と「古呉画史」、明代の蔵書処「天一閣」に匹敵する「天籟閣」主人・項元汴(1525‐1590)の蔵書印記「墨林項氏」もあるため、不合理な点に気がつく。王寵の活動期間は弘治から嘉靖年間であるが、本書は万暦年間(1573‐1620)の刊本であり、前代の人物が収蔵できるはずもない。各巻末の「東徐氏刻梓家塾」の牌記も消されている上、蔵書印記の偽造もあるのは、商人がよく用いる偽本作りの手法である。