仿刻の稀少図書
「天禄琳瑯」蔵書は清宮廷秘蔵の名称で、善本中最高の書と見なされることが多いのですが、本院所蔵の「天禄琳瑯」蔵書をよく調べてみると、まれに仿刻(倣刻)が見出されます。これは二つの現象を物語っています。一つは、皇室の審査が行き届かずに誤りがあった。もう一つは、仿刻の技巧が非常に優れており、皇帝とその周囲の専門家さえもが騙されたということで、これについては善本図書の仿刻史から語らねばなりません。中国の図書の仿刻は、蔵書家が自分の収集した良書の原刻本の版式と字体を覆刻または仿刻して刊行したのが始まりで、広く流伝しました。もともとは良い意味で行ったことでしたが、不幸にも悪意ある商人に利用され、金儲けの手段とされたのです。前者は仿刻本であることを隠すことなく、後者は可能な限り仿刻の事実を隠した上、悪辣な手段をもって偽造した点が大きな違いです。例えば、序跋に書かれた時代、場所、人物、事件などを書き換える、序跋をそっくりそのまま取り換えるなどして、その書物の本当の刊刻時代を判別不可能としたのです。要するに、嘉慶帝は極めて短時間のうちに「天禄琳瑯」蔵書を収集したため、宮中の学識高い儒臣でさえも誤判することがあり、一部の精巧な仿刻図書が宮中に収蔵されることになったのです。
『三礼図』 宋 聶崇義集注 清康熙十九年通志堂経解本
故善13130-13133二十巻 四冊 見開きサイズ:28.5 × 33 cm
『三礼図』 宋 聶崇義集注 清康熙十九年通志堂刊乾隆五十年修補本
故殿030435-030436二十巻 二冊 見開きサイズ:29.5 × 33.8 cm
宋人・聶崇義は、図に文字を加えた方法で『三礼』、つまり『周礼』、『儀礼』、『礼記』に記載された制度や文物などに全面的かつ系統的に考訂と解釈を施した。『天禄後編』は「宋淳熙乙未永嘉陳伯広刊本」を〈巻二 宋版 経部〉に収録している。本院には清康煕十九年通志堂刊乾隆五十年修補本『三礼図』もあり、紙質のほかに割付や字体も「天禄琳瑯」蔵書と同じである。しかし、通志堂刊本巻頭の「康熙丙辰納蘭性徳序」と巻末の「木記」の後の「後学性徳」四文字が消されており、清版を宋版と偽ったのは明らかである。『史記』 漢 司馬遷撰 宋 裴駰集解 唐 司馬貞索隠 唐 張守節正義 明 嘉靖十三年(1534)秦藩覆宋刊本
故善5665-5724一百三十巻 六十冊 見開きサイズ:25.6 × 27.5 cm
『史記』 漢 司馬遷撰 宋 裴駰集解 唐 司馬貞索隠 唐 張守節正義 明 嘉靖十三年(1534)秦藩覆宋刊本
平図001105-001124一百三十巻 二十冊 見開きサイズ:28.5 × 31.5 cm
明代洪武時代の頃から藩王として皇子を各地に封じるようになった。宮廷は諸王の謀反などの企みを防ぐため、藩王に十分な封賞を与えたのみならず、経、史、詩、詞、歌、賦などの書籍も授け、精神面からの教化を図った。それらの書物の中には、宋や元代の善本が多く含まれていた。多くの藩王は書物の校勘や版刻を好み、皇帝から賜った宋や元代の善本を底本とし、版本の品質にもこだわった。この明嘉靖十三年(1534)秦藩覆宋刊本『史記』はその代表的な書物で、『天禄後編』では「宋嘉定六年万巻楼刊本」として〈巻四 宋版 史部〉に収録され、表紙の題署は『宋版史記』となっている。目録後の木記「嘉定六年歳在癸酉季夏万巻楼刊」を主な根拠としているが、木記の刻印を仔細に調べると、削り取った後に偽物を入れているのがわかる。木記の字体、墨色と書中の文字も異なっており、商人が人々の宋本に対する崇拝の念を利用して極力似せようとしたのが見て取れる。『儀礼図』 宋 楊復撰 元建安余氏勤有堂刊本
故善004095-004104存十三巻附旁通図一巻 十冊 見開きサイズ:22.7 × 25.5 cm
本書『儀礼図』は『天禄後編』の〈巻二 宋版 経部〉に収録されており、「崇化余志安刊於勤有堂」の木記がある。宋代、福建省建陽県の崇化鎮、麻沙鎮は「書籍之府」と称され、印書の盛んな地域であった。余氏「万巻堂」と「勤有堂」は最も著名な書房で、元代に至っても名声衰えることがなかったため、牌記の「勤有堂」は宋代刊刻版本とは限らない。建安の余氏の書房は、宋代は余仁仲万巻堂であり、元代以降は余志安勤有堂である。余志安の生没年は不明であるが、各家の蔵書志資料が示すところによれば、勤有堂余志安刊刻図書は、元代大徳8年から至正11年に集中しており、宋代から二十数年もの時代的距離がある。余志安は間違いなく元代の人物で、宋代まで遡ることはありえない。ただ単に刊刻した書房名から古籍の版刻年代を判断するのは不十分であるといえ、本書はその良い例である。『六家文選』 梁 蕭統編 唐 李善等六臣注 明嘉靖己酉(二十八年、1549) 呉郡袁氏嘉趣堂覆宋広都裴氏本
故善011382-011441六十巻 六十冊 見開きサイズ:32 × 39 cm
『六家文選』 梁 蕭統編 唐 李善等六臣注 明嘉靖己酉(二十八年、1549) 呉郡袁氏嘉趣堂覆宋広都裴氏本
故善013558-013589六十巻 三十二冊 見開きサイズ:33.7 × 41.7 cm
明代には多数の蔵書家が宋版書を「墨香紙潤、秀雅古勁」として好み、なんとかして宋版善本を入手しようとしただけでなく、自分が収集した善本良書を覆刻刊印することもよくあった。これらの家刻善本は自分で収蔵し、友人にも贈ったほか、商人も購入した。呉郡(現在の蘇州)地方の刻書は明らかな特色がある。例えば、官刻は地方の史料の刊刻が多いのに対して、家刻と坊刻は学術的価値の高い典籍を主とし、「嘉趣堂」がその典範である。袁褧は蔵書家であり校勘家、刻書家を兼ねていた。自ら校勘し腕のいい職人に版刻させた。その翻刻宋本『六家文選』の〈跋題〉に、「余家の蔵書は百年、この書はたいへん精巧で素晴らしいため、職人に命じて翻刻させた。……十六年を費やして完成した。莫大な費用がかかり、職人探しに苦労した。今模榻が天下に広まる…。」と記されている。袁褧「嘉趣堂」仿宋翻刻は非常に優れた出来で、商人はしばしば序跋を切り取り、牌記を消して偽の宋版に仕立てて金儲けをした。

