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華麗な彩瓷―乾隆洋彩特別展 華麗な彩瓷―乾隆洋彩特別展
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展示作品概説
一対の洋彩と一対の画琺瑯
洋彩大観
档案に見られる洋彩
「錦上添花」の製造工程
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展示作品概説
 

清代に製作された琺瑯彩には磁胎画琺瑯(琺瑯彩)と磁胎洋彩の二種類があり、いずれも清代盛世期における宮廷工芸の傑作であり、乾隆帝にこよなく愛されました。紫禁城の中心であった乾清宮に収蔵され、皇帝の賞玩に供されていた磁胎画琺瑯と磁胎洋彩は、今や極めて高価な芸術品として扱われています。「華麗な彩瓷」特別展では、磁胎洋彩を中心に展示するほか、胎画琺瑯との違いを明らかにするため、比較用に磁胎画琺瑯も展示します。

当博物院が収蔵する乾隆期の琺瑯彩磁器は500点以上にも上ります。その多くは乾隆五年から九年にかけて製作されており、乾隆帝の即位当初の意気盛んで自信に満ちていた様子と、文治武功と芸術創作において大きな成果を収めたことを示しています。乾隆帝の奨励のもと、督陶官の唐英(1682-1756)は毎年春季と秋季に江西省景徳鎮へ赴き、御用磁器の製作の監督に当たりました。彼は君主を喜ばせようと新しい技法を絶えず開発し、思考を巡らせては新しい様式の考案に傾注しました。そして神業とも呼ばれる透かし彫りの回転瓶や「錦上添花」の彫刻技法などを開発し、洋彩の華やかさを最高の境地にまで押し上げました。「洋彩」は唐英が名付け親であり、「洋彩」の「洋」の字から、製作時に西洋の絵画技法が取り入れられたことがわかります。洋彩磁器には乾隆帝個人を示す印――例えば御製詩、「乾隆辰翰」、「惟精惟一」、「乾隆」などの落款が多数見られ、乾隆帝がいかに洋彩を重視していたか伺えます。或いは、乾隆帝が洋彩こそ乾隆の盛世を代表できる革新的な工芸であると考えていたとも解釈できるでしょう。

洋彩と画琺瑯はいずれも琺瑯釉を使用しているため、これまで一つのものとして語られてきましたが、実は製作された場所、技法、文飾、題詩、印章、様式などに違いがあります。民国以降、洋彩は「粉彩」と誤って呼ばれていたこともありましたが、「華麗な彩瓷」特別展では100点あまりの洋彩を清朝宮廷の档案に記されている名称に準じて展示し、洋彩と画琺瑯との違いを明確にするとともに、「粉彩」という呼称の誤りを正します。

 
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