展覧の概要

国立台湾博物館所蔵の「鄭成功画像」は、清代初期の台湾史において特殊な意義を持つ肖像画です。鄭成功(1624-1662)、もとの名は鄭森。原籍は福建泉州ですが、生まれは日本の九州です。父親は鄭芝龍、母親は日本人の田川氏。鄭成功は17世紀半ばに群衆を率いて清軍に抵抗したほか、台湾を占拠していたオランダ人を台湾から撃退したため、南明の唐王より「朱」の姓と「成功」の名を賜い、南明の桂王もまた彼を延平郡王に封じました。このため、鄭成功は国姓爺・鄭延平・鄭王爺とも呼ばれています。

「鄭成功画像」は本紙に折れや断裂が多数見られる上、顔料がひどく剥落していたため、保存状態が危ぶまれていました。2004年、国立台湾博物館はこの重要な作品を早急に救うため、国立文化資産保存研究センター準備処に画像の科学的な検査と分析を委託しました。その後、国立故宮博物院の絵画表具室に再表装を委ね、故宮博物院は2007年7月に表具の修復に着手し、2008年12月に完成させました。

「鄭成功画像」は伝える所によると、鄭成功が生前、台南で人に描かせた作品で、創作された年代はおよそ清代前期(17世紀央)であることから、最も古く、最も本人に近い肖像画だと考えられています。博物館に収蔵される以前の所有者は鄭維隆で、彼の祖先である鄭長は鄭成功の従兄弟に当たります。鄭成功の孫-鄭克塽(1670-1717)の清朝への投降後、鄭長はこの画像を台北後山の山腹に安置しましたが、五代目の鄭維隆は佐久間総督の意に従い、明治44年(1911)にこの作品を台湾神社(後の延平郡王祠)に奉納しました。戦後(1945)は省立博物館(現在の国立台湾博物館)により収蔵され、今日に至っています。

このたび国立故宮博物院が主催する「再生記-鄭成功画像修復成果展」では、修復された鄭成功の肖像画を展示するとともに、検査や再表装などの修復過程の公開を通じ、古い肖像画の保存、研究に関する問題の一助を担うことを期しています。