國立故宮博物院 National Palace Museum (New window)
主な図像_千字文書法展
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隋 智永 真草千文
隋 智永 真草千文 (New window)

智永(約510-約610)、王羲之の七世の孫。出家して僧となり、山陰(現在の浙江省紹興)永欣寺に住していた。記載によると、智永は真草千字文を八百冊写し、浙江省東部の諸寺に喜捨したという。この碑は大観三年(1109)、長安の崔氏が所蔵していた真跡を基に薛嗣昌が刻したもので、明代に至り西安碑林に移されたため、関中本とも呼ばれている。これとは別に墨蹟の伝世本が唐代に日本に伝わっている。草書と楷書を並べて書いたのは、学習者に草書を学びやすくさせるための計らいである。本作の楷法は極めて謹厳かつ一糸乱れず、一字一字独立して書かれた草書からは運筆の熟練さがうかがえ、やさしさと力強さを兼ね備えているといえよう。

宋 高宗 千文真蹟
宋 高宗 千文真蹟 (New window)

本作は朱絲欄(赤の罫線)の入った紙本に書かれており、『石渠宝笈』では宋の高宗の作品であるとされているが、御書院の書家が紹興二十三年(1153)に書いたものと考えられる。本作には避諱(ひき)が数多く見られ、例えば六行目の「敬」の字は最後の一画が欠けており、宋太祖趙匡胤の祖父である趙敬の「敬」の字を忌避したものである。全体を通して字の太さの変化が顕著で、いささか「集字聖教序」に類する。筆遣いは熟練で流暢さがあり、結体はやや細長く、字形は優美である。濃厚な古典の息吹を感じさせ、宋の高宗が提唱した書法の復古主義を反映している。

元 辺武 千文
元 辺武 千文 (New window)

辺武(14世紀中葉)、隴西の人、字は伯京。郭畀(1280-1335)や王逢(1319-1388)を友としている。辺武自ら鮮于樞の書法を手本としていると語っており、事実、辺武の行草書が鮮于樞の書法そのものだったため、当時の人々に高く評価された。辺武は同時に絵画にも長け、花鳥画を善くした。至元辛巳(1341)、書を求める石抹景良に応じ、玉腰硯と狸毫筆を用いて千字文を完成させた。重厚で丸みのある雄渾な運筆、疎密のほどよい結体、適宜に変化する墨遣いなど、結字と用筆のいずれにおいても鮮于樞の影響が濃厚に見られ、鮮于樞の書を懸命に学んだことがうかがえる。

| 1-8開 | 32-35開 |  
元 俞和 篆隸千文
元 俞和 篆隸千文 (New window)

俞和(1307-1382)、浙江杭州の人。字は子中、号は紫芝生。穏やかでさっぱりした性格。詩と書に長け、晋唐書家の書を広く臨書し、その技術は卓越していた。早期に趙孟頫(1254-1322)の下で学んでいたこともあり、趙孟頫の書に酷似している。本冊は篆書と隷書が行を隔てて並んでおり、見やすいだけでなく、異なる書体の美しさが表れている。篆書の結体は細長くしっかりとしており、細い書体に力強さが感じられる。隷書の結字は四角く、用筆は謹厳で優雅な趣がある。
 

 

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