鄒一桂(1686-1772)、江蘇無錫の人。字は元褒、号は小山。雍正5年(1727)進士、礼部侍郎を務め尚書銜も加えられた。工筆花卉画を善くし、清代初期の宮廷画家で花卉画によりその名を知られた。
本冊右頁の作品は乾隆丙寅年(1746)に皇帝の命を受け、牡丹の花24種を描いたものである。赤い花11種、白い花5種、紫色の花4種、黄色の花3種、緑の花1種が見られる。左頁には荘有恭による行書で、右頁に描かれた牡丹の花の形や特色、葉や株の様子、命名の由来について記してある。
本冊右頁の作品は乾隆丙寅年(1746)に皇帝の命を受け、牡丹の花24種を描いたものである。赤い花11種、白い花5種、紫色の花4種、黄色の花3種、緑の花1種が見られる。左頁には荘有恭による行書で、右頁に描かれた牡丹の花の形や特色、葉や株の様子、命名の由来について記してある。
沈源、生没年不詳。乾隆年間(1736-1795)宮廷に出仕し、仏像や山水画、界画を善くした。貞観17年(643)、唐太宗李世民はかつて共に戦った多くの功臣を懐かしみ、命を下して凌煙閣に功臣24名の等身大の絵姿を描かせ、しばしばそこを訪れては懐かしんだ。本冊右頁の作品は、乾隆12年(1747)に命を受けた沈源が淡色工筆で描いた凌煙閣の功臣像である。左頁には嵇璜による行楷書で、各功臣の特徴や李世民に随った経緯、官職と功績について簡単に記してある。