國立故宮博物院 National Palace Museum
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玻璃内絵鼻煙壺
拡大図
 
玻璃内絵鼻煙壺      
 
清    
玻璃内絵鼻煙壺
総高6cm
 
17世紀末、西洋の鼻煙壺と鼻煙盒が中国に伝わった。盛清の頃、西洋各国及びローマ教会は、しばしば朝廷に鼻煙壺と鼻煙盒を献上した。その頃の鼻煙盒は鼻煙を入れるのに理想的とは言えず、そのため当時の人々は、明代の人々が平安散や駆風油などを入れた口の小さな薬瓶を改良し、私たちが今見ている鼻煙壺の様式となった。蓋には柔らかいコルクを用い、コルクの中間に小さく細長い匙を挿し入れて鼻煙をすくいだし、小皿や掌の上にのせ、少しつまんで鼻に入れてかいだ。「紅楼夢」第二十五回には、晴雯が病気になって頭痛や鼻づまりなどの症状があり、賈宝玉の鼻煙を使って鼻づまりを治す場面が描かれている。清代では鼻煙が広く普及し、鼻煙壺もかなり流行した。盛清の頃にはさまざまな材質を用いたすばらしい作品があり、嘉慶時代に鼻煙壺の製作上大きな発展が見られた。それはつまり瓶の内側に絵を描く技法を用いるようになったことである。ごく小さなガラスの鼻煙壺の内側に絵を描くのは、極めて困難な作業である。まず、金剛砂と小さな金属球を鼻煙壺に入れて振り、表面をざらざらにして顔料がつきやすくする。それから筆の先の方が曲がっている特別製の細い竹筆を、口径5㎜もない壺の中にさし入れて絵を描いた。この作品には田舎の風景、人物、建築物が細密な筆致で描かれており、山や岩石は、中国画で「渲染」といわれる技法を用いてぼかされている。近景部分に「写於冬月、周楽元作」の署款がある。この壺は清宮廷旧蔵品で、周楽元は19世紀末に活躍した人物であることから、この鼻煙壺は19世紀末に地方から献上された品であったと思われる。(文・施静菲)
 
 
 
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