|
|
絵画
|
書法
|
図書
|
文献
|
陶磁
|
銅器
|
玉器
|
珍玩
|
|
|
|
清 王時敏
倣王維江山雪霽 軸 紙本著色 縦133.7cm 横60cm
|
| |
王時敏(1592-1680)、江蘇太倉の人。字は遜之、号は煙客、西盧老人、晩年の号は西田主人、帰村老農。祖父の王錫爵は万暦時代に相国となり、父の王衡は翰林編修。王錫爵は名士との交流を喜び、董其昌(1555-1636)、陳継儒(1558-1639)を招いて支硎山で王衡とともに読書をした。時敏も文人の風の影響を受け書画を学び、幼少の頃から良い基礎を築いた。万暦42年(1614)、時敏は京へ行き、祖父の力添えあって尚宝丞に就き、太常寺少卿となり、「王奉常」と尊称された。49歳の時、閩南に派遣され、過労がたたり南京で伝染病に感染、退官して太倉郊外の西田(明代皇家が禄として祖父の王錫爵に与えた土地)に隠居した。この時期に筆墨を楽しみ、詞、書画作品を大量に創作した。
王時敏の家には多くの名蹟が多数収蔵されており、古い書画を探して鑑別するのが何よりの楽しみだった。天啓4年(1624)、尚宝卿となり長く都で暮らし、観隣舎の程季白所蔵の王維「江山雪霽図」を鑑賞する機会を得た。およそ崇禎5年(1632)、王維「雪渓図」が董其昌の所蔵となった。「四王」は、毎作ごとに某家の筆法を模倣し、その思想や精神を学び取った。本作には、王家所蔵の名蹟の影響が見受けられ、さらに宋、元各家の構図、筆墨、著色方法を運用し、唐人・王維の古雅かつ清秀な気韻を再現している。
「倣王維江山雪霽」は、戊申(1668)、王時敏77歳の時の作品である。岩山が傾いており、広壮雄偉で奇抜な山形に動感が満ちている。全体に多勾染少皴紋、樹木は細筆で輪郭を取り、石緑、赭石、白粉で着色され、正に雪景の古典的表現といえよう。清らかに潤った筆墨、秀雅な著色は、唐代の青緑没骨山水画の叙情的な特徴を求めたものである。(文・林莉娜) |
| |
|
|
|
|
|
メニューに戻る
|
|
|