國立故宮博物院 National Palace Museum
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宣和奉使高麗図経
拡大図
 
宣和奉使高麗図経      
 
宋    
宣和奉使高麗図経
外寸(縦・横)25×15.5(cm)
版框(縦・横)19×12(cm)
 
宋 徐兢撰
宋乾道三年(1167)徐蕆江陰刊本


中国の輿地志書の起源は古く、遥か遠い昔の商(殷)~周の時代、すでに「職方」、「外史」などの官職があり、地理に関した文献の管理や編集業務を専門に行っていた。また、晋代、釈法顕の「仏国記」が登場してから後、外紀の執筆がしだいに盛んになっていった。


外紀とは、古代中国人が本土以外関心を持っていた事柄やその他国外の諸事情を理解するための書物で、この方面の現存図書としては、宋乾道3年(1167)刊印の「宣和奉使高麗図経」が最古の版本となる。中国と韓国は隣接しており、古くから往来が盛んだったことから、中国歴史上、韓国に関する著作が少なくない、あちらこちらに散見される他、例えば「雞林記」、「雑林志」、「雞林類事」、「朝鮮賦」、「朝鮮図説」、「朝鮮志」、「朝鮮史略」などがあり、いずれもよく知られている書籍である。これらの著作は、散逸したもの現存するものそれぞれであるが、宋代の徐兢による「宣和奉使高麗図経」は内容も豊かで幅広く、最も長い歴史を有する書物であり、今日の古代中韓関係及び交通史研究における最も貴重な史料となっている。


徐兢が著した本書は、宋宣和6年(1124)に完成した。原書は図文ともに揃っていたが、残念ながら靖康之乱に遭い、図が失われてしまった。乾道3年、甥の徐蕆によって刊行され、原図を探し出すことはできなかったが、書名はやはり「宣和奉使高麗図経」とした。徐兢の著作は、乾道年間以降、明代中葉まで再刊行されることはなく、明代末期、海鹽の鄭休仲が鈔本をもとに再刊し、清代の「四庫全書」も鈔本を収録したが、両者とも文字に誤りや漏れが多く、善本とはいえない。清乾隆58年(1793)、歙県の鮑廷博が家蔵の鈔本と明代鄭氏の刊本を校勘した後に再度刊行し、「知不足齋叢書」に収録したがやはり誤りがあり、乾道本ほどの完成度はなかった。乾道本は、故宮博物院所蔵の本書以外に現存するものはなく、端正な楷書体、精巧な彫り、正に世にも稀なる宝である。
 
 
 
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