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展示概要

丁雲鵬、字は南羽、別字は文挙、号は聖華居士、黄山老樵。安徽休寧の人。画録や史書に生没年の記載はありませんが、伝世の画作から推測するに、明代嘉靖26年(1547)に生まれ、崇禎元年(1628)まで存命していたと思われます。父の丁瓉は医を生業とし、文物などの収蔵を好み、書画も善くしました。それらを見聞きする内に自然と影響を受けた丁雲鵬も絵画を得意としました。長じてからは詹景鳳に師事したほか、董其昌や陳継儒、莫是龍、王穉登などと交遊する中で、彼らが収蔵する宋元時代の諸家の名蹟を鑑賞する機会を得てその精華を吸収し、創作の糧としました。丁雲鵬は詩画ともに優れ、敬虔な仏教徒だったことから、特に仏教画と人物画で才能を発揮しました。董其昌は丁雲鵬を王維になぞらえ、「300年間これほどの名手はいなかった」とほめ称えました。

丁雲鵬は山水、人物、花卉画のいずれにも精通していましたが、伝世作品の多くは山水画と人物画です。丁雲鵬の山水画は呉派の画風に近く、宋元代の名家の影響も受けています。早期の作品は、丁寧な筆致や緊密な構図、美しい色遣いなどの特色が見られる上、文徴明の風韻も感じられます。晩期の作品は味わい深い中にも力強さがあり、構図も妙趣に富み、独自の風格があります。仏教画と人物画では吳道子、李公麟の伝統を受け継ぎつつ、貫休と張玄の画風も善くし、独特の趣があります。早期作品の衣服や文様の線は細く力強いが柔らかな丸みもあり、空を行く雲や流れる水のようです。着色は淡く上品で、細い毛髪や眉なども実に表情豊かに表現されています。1590年代中葉以降は、素早い運筆、簡潔で力強い線、濃墨を用いた大胆な筆遣い、誇張されたイメージ、奇怪な表情など、画風が一変しました。この種の「巧みであるよりむしろ拙く、おもねるよりむしろ醜く」とも言える変形された画風は、明代晩期に衰微した人物画、道教・仏教画に新たな局面を切り開きました。

この度の展覧会では丁雲鵬の各時期を代表する山水画と仏教の人物画作品を展示いたします。丁雲鵬の変形画風の変遷と豊かな表現力をあますところなくご覧いただきます。