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展示作品解說

宋 米芾 春山瑞松 軸

山間を覆う雲の中に見える東屋、緑鮮やかな数株の松の木、簡潔だが清雅な趣ある風景が広がっている。山頂部分は筆を横にして「米点」を重ね、更に湿筆でぼかしている。様々に変化する雲煙の妙が表現されており、米家雲山ならではの情趣が充分に感じられる。上部の詩塘は宋高宗による題詩である。左下角の岩石の間に「米芾」と記されているが、後人によって書き加えられたもののように思われる。

米芾(1051-1107)、字は元章、号は海嶽外史。原籍は山西太原、後に襄陽に転居した。書法を善くし、書画の鑑定にも優れ、宣和時代に書画学博士に任ぜられた。簡潔でありながら気品溢れる米家雲山は山水画の典型となった。

明人 花下双鴛図 軸

この作品には作者の款印がなく、作品名は題籤に記されていたものである。『石渠宝笈』初編には「明人花下鴛鴦図」とある。風に揺れる満開の牡丹と、花の下で寄り添うつがいの鴛鴦(オシドリ)が描かれている。没骨法(画技の一種)で直接描かれた花葉は、実に生き生きとしている。明るく色とりどりの着色も魅力的である。

明代の花鳥画は吉祥の意が込められていることが多く、例えばこの作品も牡丹によって富貴栄華を表し、鴛鴦は愛情を象徴している。2種類の題材を一図にまとめ、夫婦が仲むつまじく幸せに、共に豊かに暮らせるよう願ったものである。

明 仇英 臨宋元六景 冊

仇英(1494-1552)、江蘇太倉の人、蘇州で暮らした。字は実父、号は十洲。山水画と人物画に優れていた。周臣に師事した後、唐宋時代各家の長所を取り入れ、独自の画風を築いた。その卓越した画芸によって明代四大家の一人に列せられた。

本冊は六幅からなり、「高峯遠湖」、「雲山楼閣」、「山坳田舍」、「関山漁舍」、「松林村落」、「竹籬圧雪」、六つの風景が描かれている。運筆は「兼工帶写」(画法の一種)、着色も趣深く洗練されており、端正な美しさの中にも瀟洒な雰囲気が感じられる。嘉靖26年(1547)、項元汴に招かれた際に描いた作品である。

清 朱汝琳 画草虫 卷

画史には朱汝琳に関する記録はない。これは康熙50年(1711)暮春の作で、70匹の草虫が描かれている。全てが生き生きと表現され、繊細で好ましい筆遣い、趣深く美しい色彩、写生作品として得がたい佳作である。巻末の自題によれば、同好の友との集まりでふと興が乗り、詩友の作品と交換しようと、わずか一月ほどで完成させたという。

清 沈源 清明上河図 卷

沈源、乾隆時代(1736-1795)に宮廷に仕えた。仏像画を善くし、山水画にも優れていた。

沈源「清明上河図」の構図は、清院本「清明上河図」のそれにほぼ等しいが、主に水墨で描かれており、着色は赭色(赤褐色)でわずかに輪郭を取ったのみで、自ずと清新で上品な味わいをかもし出している。熟練の筆遣い、界画による橋と家屋、人物など、全てが極めて精細かつ丁寧に描写されており、清代画院の佳作である。

清 華嵒 玉山雅集 軸

華嵒(1682-1756)、福建上杭の人。字は秋岳、号は新羅山人。長期に渡って杭州と揚州を行き来し、画文を生業とした。山水画、花鳥画、人物画を得意とし、詩文にも長けていた。著書に『離垢集』がある。

これは華嵒が51歳の時の作品である。元代の名士顧瑛(1310-1369)が、至正戊子年(1348)に同好の友と玉山草堂に集って詩文の唱和をした故事を描いたものである。水墨淡彩、脱俗的で洗練された筆遣いが見られる。史伝によれば、張渥の同名作品があったという。或いはこの作品の本となったものかもしれない。