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国立故宮博物院

敬天格物―院蔵玉器精華展

  • 展覧期間:常設展 2010-12-01~
  • 会場:北部院区 第一展覧エリア 306,308

玉は、触れると冷たく硬い質感がありますが、見つめているとその美しさと温潤なイメージが伝わってきます。この世で玉ほど歳月の洗礼を受けた物質はなく、また玉ほど中国人に濃厚な情感と奥深い理念を抱かせた物質もありません。

遙か七、八千年前、中国の大地で生活を営んでいた先人たちは、土を掘り、木を伐採するなどの生活経験の中から、「玉」が「美しく不朽」の石であることを知りました。それは春の日差しのような輝きを放ち、人々は美しい玉には豊かな「精気」、即ち「エネルギー」が宿っているのだと信じるようになりました。陰陽二気の運行に基づいて、美しい玉を円璧や方琮に作ったり、さらには神々や祖先の姿を彫り、暗号のような符号を刻み込んだりしながら、先人は「制器尚象」(大自然の事物を模して器具を製作)を通じて「同類感通」(同類が感応し合う)の法力を発揮し、神々との対話を求めました。彼らは、万能の神は神霊動物を介して神秘的な生命力をこの世に送り、人類を創ったと信じていました。こうした「万物に霊が宿る」思想から、中国特有の「龍鳳文化」が生まれたのです。

歳月が移ろい、社会の進歩に伴って人文主義が台頭すると、美しい玉に特殊な「霊性」が備わっているという迷信も徐々に変化を遂げます。龍や鳳凰、虎、鷹などを彫刻した玉飾りは、自らの氏族の特有な神霊能力、即ち生まれ持った「徳性」を示すために身に付けられ、同時に儒家によって、美しい玉には仁、義、智、勇、絜など「君子の徳」が備わっていると解釈されました。

六朝、隋、唐の時代になると、押し寄せる異文化の洗礼を受け入れ、玉器芸術にも大きな変化が現れます。宋、元代には文人階層が形成され、自然への理解、人文の協調、写実と迫真を求める芸術精神に傾倒し、玉もまた神霊と通じ合う神秘的な色彩は褪せ、玉を徳に比する儒学の教えを脱却しました。しかし、古代の礼制を崇め、法統を重んじる気風の中で、再び玉器を古代になぞらえる風潮が興り、玉彫は宋元文化の精華を呈しました。

明、清両朝は、数多くの工芸技術が飛躍的な進歩を遂げた時代です。明代中期以降、江南経済が高度な発展を遂げ、文人や裕福な商人の賛助の下で、玉彫はさらに精巧なものとなりました。また、清朝が回部(東トルキスタン)を征服し、玉の採掘を直接支配するようになると、皇帝主導の下で玉彫は空前の繁栄を迎えることになります。

総じて、この八千年の発展において、玉彫は中華民族の天を敬い祖先に倣うという宗教倫理を体現し、中世期以降は形と精神を兼備した写実的な手法が絶頂期に達し、中国文化が格物致知の研究を重視する伝統を裏付けました。「敬天格物」は、中華民族の特性を解き明かし、同時に中華の古玉の最も深い内容を説明しているのです。

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